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01
劔神社 facebook
劔神社本殿拝殿
梵鐘
梵鐘
◆梵鐘(ぼんしょう)
※織田文化歴史館に寄託中
総高 109.9cm  身幅 88.5cm  口径 73.9cm  口厚 5.8cm
梵鐘の音色をお聞き頂けます。 → 梵鐘の音色
劔神社の梵鐘には神護景雲四年(770)の銘文があり、現存する銘のある梵鐘では日本で三番目に古いもので、第49代光仁天皇の奉納と伝えられている。
八相涅槃図
八相涅槃図
◆八相涅槃図(はっそうねはんず)
重要文化財 鎌倉時代
※現在奈良国立博物館に寄託中
縦 210.3cm  横 282.1cm
八相涅槃図とは、涅槃図(釈迦の入滅の姿)の周りに、釈迦の一生の様々な場面を書き添えた絵のことで、託胎、降誕、試芸、四門出遊、出家、吉祥献草、降魔、初転法輪の八場面が描かれている。
涅槃講式断簡
涅槃講式断簡
◆涅槃講式断簡(ねはんこうしきだんかん)
重要文化財 室町時代
※現在奈良国立博物館に寄託中
縦 29.7cm   横 204.6cm
涅槃講式(涅槃会の作法をまとめたもの)の2巻が伝えられている。
不動明王
三尊像
制多迦童子像
矜羯羅童子像
不動明王像
制多迦童子像
(せいたかどうじ)
 
矜羯羅童子像
(こんがらどうじ)
 
不動明王像
(ふどうみょうおう)
◆不動明王三尊像(ふどうみょうおうさんぞんぞう)
※織田文化歴史館に寄託中
県指定文化財 南北朝時代
●不動明王像(ふどうみょうおうぞう)
縦 97.8cm  横 33.3cm
不動明王は劔神社の本地仏で、この本尊画は、長い間神社の神宮寺である織田寺の真言修法の対象として使われていた。
●矜羯羅・制多迦童子像(こんがら・せいたかどうじぞう)
縦 98.0cm  横 36.3cm
この二童子は、不動明王の従者として有名である。版画にさらに色をつけ、面貌姿形・色彩に均整のとれた格調高い作品で、画僧・妙尺の作と伝えられている。
十二天画像
十二天
◆十二天画像(じゅうにてんがぞう)
※織田文化歴史館に寄託中
室町時代
それぞれ 縦 94.5cm 横 39.3cm
十二天とは、密教の修法道場を守る護法天で、八方位、上下、そして日・月からなっている。これは織田寺別当神前院に伝来したものであるが、明治初年に当社に納められた。
 
 
 
劔神社本殿
梵鐘
◆劔神社本殿
県指定文化財 江戸時代初期
現在の本殿は、大瓶束裏の墨書きから寛永四年(1627)にはその存在が確認される。屋根は杮葺の入母屋造で、正面に千鳥破風や唐破風をもつ屋根の姿は見事で、「織田造」と称され、越前独特の建築様式の代表的な建物である。
劔神社摂社
織田神社本殿
八相涅槃図
◆劔神社摂社 織田神社本殿
県指定文化財 江戸時代初期
一間社流造の本殿は、修復部分が多いものの室町時代の古い様式を残し、流麗な檜皮葺の屋根や化粧垂木などに優雅な風情が見られる。
劔神社拝殿
涅槃講式断簡
◆劔神社拝殿
江戸時代
現在の拝殿は弘化四年(1847)に建立されたもので、文政十年(1827)に劔神社が伏見宮家の祈願所になった機縁によるものである。
旧神前院
護摩堂
涅槃講式断簡
◆旧神前院護摩堂
町指定文化財 江戸時代
この堂宇は、劔神社の神宮寺である織田寺の護摩堂として延宝三年(1675)に建立された。堂中では真言密教の修法により護摩祈祷が行われたため、煙により黒く煤けて当時の面影を残している。
 
朝倉氏五代、織田信長、柴田勝家、徳川家康ほか文書百数点所蔵
 
 
織田信長
安堵状
古文書
◆織田信長安堵状
※織田文化歴史館に寄託中
町指定文化財 天正元年(1573)
この文書は、織田信長が朝倉氏を亡ぼして越前を掌握した直後、信長が劔神社・織田寺に対し、土地の領有や臨時の税の免除などを認めたもので、文書の裏側に、信長の「天下布武」の印が押されてある。